代表取締役 松本直樹 「何をやるかより、誰とやるか」

IMG_5072(1)

学生時代:「お前は俺らの大学生活を奪うのか?」

大学生時代はサークル運営に全てを捧げていました。高校時代に硬式テニスに出会い、大学でもテニスを続けようと思っていたのですが、自分の理想に合う競技系のサークルがなく、だったら作っちゃおうという軽いノリで友人と2人でサークルを立ち上げました。
その当時は若くてとにかく人を集めなきゃという想いが先行して一気に100人近くまで大きくなったんです。でもそれが失敗でした。当時の自分には闇雲に集めたメンバーをまとめ上げる力がなかった。自分自身は競技志向が強くて、「楽しさ」といっても勝負の中での緊張感の楽しさも追いかけつつ、オフも楽しめることを理想としていた。でも、想いが違うメンバーをまとめ切ることができず、雨の中で土下座して解散しました。その時に言われた「お前は俺らの大学生活を奪うのか?」一言が今でも僕の中に重く残っています。

学生時代:理念に共感した仲間集めの大切さ

解散した後、自分の力不足とこのまま大学生活終わっていいのかっていう迷いを抱え、悶々していましたが、もう一度立ち上げ直すことにしました。当時にしては珍しいのか、ちゃんと理念に共感してくれる仲間と一緒に活動しようということで、メンバーの定員枠も作ってメンバー選考もしました。学祭では一番稼ごう!ということで「お好み焼き」で、原価計算から価格設定まで色々と考えてめちゃくちゃ稼ぎました。飲み会ももちろん無茶しましたが、何をするにも全力なサークルでした。決して順風満帆ということもありませんでしたが、色んな衝突を乗り越えてやってこれたのは、「まつぼっくり」はどんなサークルか?ということを常にメンバーが真剣に考え、議論するサークルだったからだと思います。就職活動ではテニスサークルの代表という話をすると、「またか・・・」と思われるかもしれませんが、それくらい真剣に時間を過ごしていました。葛藤が僕を育ててくれたということは言いきれます。
IMG_3177(1) 【写真説明:サークルの周年記念パーティーでの現役からOBまで集まりました】

キャリア選択の軸:海外か、人と組織か、それとも・・・?

大学3年間をサークルに注いだ後に、1年間休学してカナダのモントリオールにワーキングホリデーに行きました。お金が無かったので、朝日本食レストランで巻き寿司を作って、夜学校に通っていました。休みの日には現地のテニスチームに入ってテニスをしていました。英語は必ず勉強せざるを得ないので、先を見越してフランス語も勉強しておこうという考えだったのですが、(モントリオールはフランス語圏でもあります)中途半端になっちゃったので、今思えば英語一本でもよかったですね。
モントリオールで会ったスイス人の女の子に恋をして、日本に帰る前にその子に会おうとヨーロッパをバックパッカーして回りました。その中で今でも続く友達に出会えました。高校時代の友人にポーランドのバス停で再会するという奇跡も経験しました。一人旅をする中でよかったなと思うことは、そんな出会いはもちろん、ずっと対話する相手が自分だったということです。日本に戻ったら就活という現実が待っている中で、僕は何ができるんだろう?したいんだろう?ってずっと悩んでいました。色んな価値観に触れ、日本が好きになり、もっと日本の良さを発信できる仕事がしたいとも思いました。でも、サークルのことを思い出した時に、「1人1人は優秀なのに、組織になるとなんでうまくいかないのか。サークルと会社はもちろん違うけれども、人と組織をよくする仕事がしたい」と最終的には決断しました。

社会人時代:がむしゃらにやる。でも考えてやる。期待に応える。

新卒入社した会社では、朝早くから日付変わるくらいまでバカみたいに働きました。全社で2番目に業績を叩き上げていたチームの新卒社員だったので、周囲からの見られる目というのをかなり意識して働きました。営業として入社したのですが、自社のソリューションに自信が持てないとか、なんでこんなに頑張ってるのに認めてもらえないんだろうとか、毎日葛藤していましたが、「お客様が必要と思ったら買うし、思わなかったら買わない。お前が決めることではない」「努力は賞賛に値するが、評価には値しない」と言われたことも今でも覚えています。
東京で3年、仙台で1年半、都会の大企業から、地方のオーナー企業まで色んな業種・業態、規模の会社を担当させてもらって、ビジネスの広さ・深さを教えてもらいました。一方で、外からコンサル会社の人間として関わるのではなく、自分で事業をしたいと思いも少しずつ芽生えていました。大学でサークルを立ち上げた時の白いキャンバスに絵を描いていたころのワクワク感が忘れられずにいました。

社会人時代:何をやるかより、誰とやるか

そんな時に、新卒入社した会社の役員がスピンアウトするということで営業の責任者をやらせてもらえるというチャンスがありました。仙台から東京に戻ってくるにも東京で会社の立ち上げに関わってから勝負しようという想いもあり、東京に戻りました。会社もなかなかすぐに業績が上がるわけでもない中での不安や、プライベートで後輩に騙されたりもあったので、自分で鬱じゃないかと思うくらいに、家で発狂して枕を振り回した時期もありましたね(笑)今では笑い話ですが、独立する大変さを思い知らされました。でも、悩んでいても何も解決しない。エクセルの数字をどんだけいじくっても業績は上がらない。ただ目の前のお客様に向き合って、どうしたらお役に立てるのか、それだけを大切に突き進むと心に決めて3年半走り抜けました。そんな中で今の共同代表から声をかけてもらい、最後は直感だったんですが、こいつだったら騙されてもしょうがない!と思えて、一緒にやろうということで合流しました。これもサークルの話になっちゃうんですが、想いが共有できる仲間がいれば乗り越えられるっていう経験をしていたので、誰とやるかということを大切にして意思決定しました。

ビジョン:学生にもっと多くの選択肢を

これまで、多くの企業にお伺いして、社会人になって10年近く経ってなお、こんな面白い会社があったんだ!こんなに素晴らしいビジネスを展開している会社があったんだ!すごい人作り組織つくりに熱心な会社があったんだ!と思うことが毎日です。でも、多くの学生はB2Cの企業や身近な人が勤めている企業、大手企業しか知らず、いざ就職活動に突入した際に、狭い選択肢の中で一生懸命に人生の選択をしようとします。知識としての情報は持っていますが、体験としての情報があまりに少ないのではないかと思っています。
従来の就活サイトではそのような学生の情報量に依存した設計になっており、組織を知ることがきっかけになっています。そうじゃなく、その組織にいる「人」にフォーカスすることで、違った切り口で学生が企業を知ることができ、企業も新しい学生との接点が築けるのではないかと思っています。
そんな想いから、今は新しいビジネスの立ち上げに奔走しています。学生にとってもっともっと色んな選択肢を。そして、企業にとってはもっと多くの学生との出会いを。その両方を通じて日本企業がもっと元気になればと思っています。自分自身は社長としては、まだまだ半人前にも到達していないと思っています。勉強しなきゃいけない知識も山ほどあるし、組織を束ねる長としての人間性も足りません。でも、今いる仲間には恵まれています。もっともっとみんながパフォーマンスが発揮でき楽しんで成果が上げられる会社作りを、そしてそれを通じて世の中にもっと魅力的な「場」を作りだせるような会社にしていきたいと思っています。定しました。
20150525_株式会社バリュレイト_松本様_ビジョン画像
出身 広島県
好きな言葉or座右の銘 何をやるかより誰とやるか
趣味 テニス「高校時代からはまりました」
地球最後の日に食べたいもの お好み焼き「郷土愛です」
今一番行きたいところ モントリオール
「大学時代の思い出の地です