国内大手製薬会社から内定を獲得し、インターンとして入社前研修を受けていた時「これで君の人生は安泰だね」と先輩社員から言われたことに、猛烈な違和感を抱いたという関根さん。
自分の将来像を見つめ直し、市場価値の高い人間になるという目標を設定。内定を辞退し、再就職活動の末にたどり着いたのが「ウィナス」でした。関根さんのこれまでの歩みと将来についてお話し頂きました。


目次

1.学生時代:中学での恩師との出会いがなければ今の自分はなかった。
2.キャリア選択の軸:「これで君の人生は安泰だね」この一言に猛烈な違和感を抱いた。
3.社会人時代/ビジョン:「自分自身」を武器に戦える、市場価値の高い人材になりたい。

学生時代:
これまでのすべての経験が、今の僕を作っている。

小学校から高校までは試練が多かった気がしますね。小学3年から4年間ブラスバンドに在籍したのですが、とにかく嫌でたまりませんでした。きっかけは母の勧めですが、まったくやりたいとは思いませんでした。ではなぜ始めたのか?私は人が勧めてくれたことを無下に断れないんです(笑)。特に子供時代は周囲の人に好かれるように気を回し、不本意なことも受け入れてしまう傾向が強かったのです。嫌なら辞めてしまえば良さそうですが、一度始めたことを途中で辞めることもまた嫌でした。今にして思うと、この経験が私のストレス耐性・継続力の源なのかもしれません。

中学では好きなことをやろうと思い、バスケ部に入りました。ポジションはPF。もろにスラムダンクの影響です(笑)
バスケ部の顧問は指導者として実績十分な方で、「勝てるチームを作る」という方針だったので、練習はかなりハードでした。休みは週1日のみ。その休みも地域の子供たちへのバスケ指導に駆り出され、完全オフはありませんでした。3年の時には都大会まで勝ち進み、ある程度の結果は残せたという充実感を得ましたね。高校進学後もバスケ部に入りましたが、中学ほど厳しい部ではなかったため、やる気が出ず、徐々にバスケ熱は冷めていきました。

少年時代は母親の影響を強く受けていたと思います。私の母は幼少期からずっと台湾で育ち、国際感覚が豊かで人とは違うユニークな感性を持っています。私にクリスと名づけたのも、グローバルな人間に育って欲しいという願いがあったからだそうです。母は教育関係の仕事に携わり、自宅に留学生をよく招いていました。外国人学生と接するうち、次第に私も海外留学に行きたいと思うようになりました。高校では普通科外国語コースに籍を置いていたのですが、留学中の取得単位をそのままスライドできることを知り、1年の3学期から1年間オーストラリアのケアンズに留学することを決めました。

期待に胸を膨らませ留学したものの、想像とは違う過酷な現実が待っていました。日本で私が接してきた外国人学生たちは、みなフランクで友好的でしたが、オーストラリアの高校生たちは私を受け入れようとはしませんでした。「金持ち日本人のお坊ちゃまが物見遊山でオーストラリアまでやってきた」とでも思っていたようで、毎日のように「何かおごってくれよ、日本人」と、からかわれました。海外留学で人生が変わる素晴らしい経験をしたという人もいますが、私にはあまりいい思い出はありません。留学から学んだことは、語学力が大した価値ではないということ。グローバルな人間になるために語学力が重要と思われがちですが、語学はあくまで「ツール」であり「武器」ではないと思います。ビジネスの能力が高ければ、極端な話、通訳を介して外国人とコミュニケーションできるわけですから。

キャリア選択の軸:
「これで君の人生は安泰だね」この一言に猛烈な違和感を抱いた。

【写真説明:自分達で企画した「世界一のカップヌードルを食べるツアー」での富士山頂で食べた
カップヌードル】

大学時代はやりたいことすべてをやったと思います。まず、思い出すのは海外バックパック旅行ですね。稼ぎのいいバイトを集中的にやってお金を貯め、インドやタイなどに行きました。また、大学のゼミも面白かったですね。テレビ制作やジャーナリズムに興味があったので、広告系のゼミを選んだのですが、ローカルTVの番組制作を学生だけでやらせるなど、実践的な内容のゼミでした

大学時代もっとも夢中になったのは、友人たちと様々な企画を立て、それを実行しSNSを通じて発信することです。 当時、大手広告代理店の方と交流があったのですが、ある時「世界一のカレーを食べるには?」というお題で企画を考えてみようと言われ、仲間たちといろんなアイデアを出し合いました。
「世界各地から世界一の材料を集める」
「世界のカレーを食べつくし、もっとも美味いカレーを探す」
いろいろなアイデアが出る中、広告代理店の方が一言。
「たとえば、超カレー好きの人に1年間カレー断ちをさせてみる。その人はカレーが食べたくて仕方がないのだけれど、1年間我慢を強いられるわけだ。1年経ってやっとカレーが食べられる時が来た。その時に食べるカレーはたとえレトルトであっても、その人にとって世界一のカレーになるとは思わないか?」

これは目から鱗でしたね(笑) 企画とは何かを教えられた気がして、こんな発想ができる人になりたいと思いましたね。その後、カレーのお題をヒントに「世界一のカップヌードルを食べるツアー」を企画。富士山でご来光を拝みながら団体でカップヌードルを食べました(笑) また、「 羽村市の自宅からお台場までママチャリで往復してみよう」という単独企画も実行。20時間以上走り続け、翌日は全身筋肉痛で動けませんでした。企画することはもちろん、SNSでの発信に対し多くの反響が寄せられることが嬉しかったですね。私は人に認められたいという承認欲求が強いのかもしれません。

そして就職。私の就活は決して褒められるものではありませんよ(笑)業界・職種などはまったく考えず、とにかく給与が高い企業を四季報でピックアップし、ひたすらアタックしただけです。マスコミ、商社、メーカーなど、業種はバラバラに意識高い系の学生としてセミナー、インターンシップに積極的に参加しました。そして、4年生の5月に国内大手の製薬会社から内定をもらいました。ある意味奇跡です。内定後すぐ入社を前提にインターンシップに参加しました。
そのインターンシップ中、社員の方からこんなことを言われました。
「うちのような大手に入れば、君の人生は安泰だね」
何気ない一言に猛烈な違和感を抱きました。

2012年当時の日本はリーマンショック以降のデフレ経済から未だ脱却できず、さらに震災の影響で産業界全体が元気を失っていました。企業にとって必要とされない人材はリストラされるのが当たり前の時代となり、大企業に入ることに大した価値はなくなっていたのです。その時初めて自分が5年、10年先の未来をまったく考えていなかったことに気づきました。「自分の目指す将来像は何か」を問うた結果、市場価値の高い人材にならなければ意味がないと思いました。自分が成長できる環境で働きたい。内定を辞退し、ベンチャーに狙いを定め就活を再開しました。

社会人時代/ビジョン:
「自分自身」を武器に戦える、市場価値の高い人材になりたい。

【写真説明:インタビューへの回答を熱心にしてくれている関根さん】

内定を辞退したのが8月の末。就職戦線は終盤戦に入っていましたが、焦りや後悔はありませんでした。就職活動再開後の企業選びのポイントは2つ。「成長できる環境があること」と「働く人の意識に共感できること」です。トータルで100社ぐらいは訪問したと思います。業種や事業内容は問わず、自分が理想とする環境を求め活動を続た結果、5社ほど内定を頂きました。しかし、「ここだ」と思える企業には出会えなかったため、年明け後も活動を継続。この頃にはほとんどの企業が応募を締め切っていたため、転職エージェントの力を借りることにしました。

ウィナスは最後の最後にエージェントから紹介された会社でした。説明会を開いてくれるということで参加してみると、いきなり面接が始まりました。正直言ってウィナスという会社について何の予備知識もなく、志望動機を語ることはできませんでしたが、「市場価値の高い人間になる」という想いをありのままに伝えました。入社後に知ったのですが、この時すでに新卒採用は終了しており、エージェントが「興味深い学生がいるので是非会ってみて欲しい」と半ば強引にねじ込んだため、仕方なく会ってくれたそうです。マネージャー、部長、役員と面接が進み、最後に社長面接となったのですが、それが私にとっての運命の出会いでした。

「うちの会社は言ってみればオープン経営だね。ありのままの経営だから(笑)」

この人は何者?今までに会ったどの経営者にもない強烈なインパクトがありました。いろいろな話を伺っていくうちにすっかりそのカリスマ性に惹かれてしまいました。お話を聞いた方すべてに共感できるところが多く、ぜひこの人たちと働いてみたいと思いました。時期も時期でしたし、内定は難しいかもしれないと半分は諦めていましたが無事内定となり、入社を快諾しました。

入社後はSI受託開発の営業チームに配属となりました。メインの仕事はWEBサイトやホームページ制作などです。正直言って受託開発には興味が持てませんでしたが、たまたま開発に付随するSNSキャンペーンを任されることになり、その面白さに夢中になりました。翌年、プロモーションやキャンペーンの専門チームを立ち上げることになり異動。これまで営業に付随するサービスとして行っていたものを格上げし、受託開発チームとプロモーションチームの両輪で事業を展開していくことになりました。「この領域なら勝負できる」そう確信しましたね。

上司や社長からは日々いろんなことを学んでいます。また、メンバー1人1人をよく見ていてくれているとも感じています。それは社長の厳しい指摘に表れています。

「お前を評価するのはお前自身じゃない。他人が決めるんだ」
「できないなら、できないなりにやりなさい」
「調子に乗るな!波に乗れ!」

このように、時には、厳しい表現もありますが、言葉の意味をよく咀嚼すると、社長の真意が見えてきます。これらは「自分本位の視点でなく、相手のニーズを軸にした考え方をしなさい」「自分の得意領域で勝負できる力をつけなさい」ということをあえて厳しい言葉にし、自ら考え・気づくのを促しているのです。これまで色々なことに悩み、迷ってきましたが、その時々に私が何も言わずともヒントを与えてくれていたのです。
ある意味こんなに優しい会社はないかもしれません。

現在の私の目標は、プロモーションを通じて事業のドライブに貢献することです。世の中の人に喜ばれ、社会にインパクトを与えるサービスを創っていきたいですね。そのために重要なことは自己成長だと思っています。「自分自身を武器に戦える市場価値の高い人材となること」それを目指しています。
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出身 東京都
好きな言葉or座右の銘 評価するのは他人
趣味 旅行、自分で企画して「何か」をすること
地球最後の日に食べたいもの ラーメン(新宿にある五ノ神製作所の海老つけ麺)
今一番行きたいところ イスラエル
(中東には行ったことがなく、人種のるつぼと言えるイスラエルにすごく興味があります)
越後屋輝樹

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。
座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」
越後屋輝樹

投稿者:

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。 座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」