入社8年目で営業→積算→経営企画→人事を経験した木嶋さん。
入社後、大きな壁にぶち当たり、退職を考えたこともあったそうですが、そこから復活して様々な職種を経験。立ち直ることができたきっかけや心構えは何かを語ってもらいました。


目次

1.学生時代:大学選択のきっかけは修学旅行で聞いた環境に対する人間の理不尽さ。
2.キャリア選択の軸:自分がやりたいことは何か?行きたい企業はどこか?
3.社会人時代/ビジョン:辛く苦しくとも、自分自身の可能性を自分で決めつけない。

学生時代:
大学選択のきっかけは修学旅行で聞いた環境に対する人間の理不尽さ。

【写真説明:楽しかった法政大学のクラスのみんなと】

私の最初の転機は高校生の頃です。私は女子高に入学したのですが、高校で今の人格が形成されたのではないかと思います。共学だと可愛い子を目指すイメージがありますが、女子高は面白い子が影響力を発揮するのです。私は元々、知らない集団に入っていけない内気な性格でしたが、小中学校を通じて徐々に開放され、高校時代には集団の中心にいるムードメーカー的な存在になっていました。

大学受験の際は就職のことを考えて選ぶようにと言われていたのですが、将来について考えるのが苦手でやりたいことも明確にあるわけではなかったので、選択するときは辛かったですね。また、第一志望だった法政大学も私の通っていた高校では学年で上位10位に入らないと厳しかったので、学力面でも大変でした。私は集団のトップにいるよりも後ろから頑張って付いていく方が向いていたので、法政なんて受かる訳ないと言われていましたが、かなり頑張りました。

その甲斐あって、法政大学の人間環境学部に合格することができたのですが、何よりよかったことは自分の興味が環境問題にあると気づけたことです。
私は小さいころから父と山や川で遊ぶことが多かったのですが、環境問題に興味がわいたのは高校で沖縄修学旅行での出来事です。沖縄ではハブなどの有害生物駆除のために外来種であるマングースを沢山放していたらしいのですが、そのマングースが沖縄固有種であるヤンバルクイナやウサギなどを食べてしまい、今度はマングースが有害生物として駆除される側になってしまったと言う話を伺い、人間の理不尽さにやりきれない思いになりました。また、タンカー事故で重油が漏れて動物が犠牲になっているようなニュースも高校時代に放送されていたこともあり、環境問題をもっと学びたいと思うようになったのです。

人間環境学部は、温暖化や生物多様性などの環境問題だけでなく、人間が生活して行く上での身の回りの環境も学べます。住環境もそうですし、社内での働きやすい環境や、街づくりとしての環境もありました。とても広い範囲のことを学べましたね。

大学生活ではサッカーサークルに入り、地元の焼肉屋でバイトも始めました。 入ったサークルは名前を言うと学内では誰もが知っているような少し目立つサークルでした。途中でゼミのクラスが楽しくなり足が遠のきましたが、男女ともに美意識が高いサークルで、入会に顔審査があるような噂も飛び交っていたくらいです。 私は無事通過できたようですが(笑)

キャリア選択の軸:
自分がやりたいことは何か?行きたい企業はどこか?

就職活動は非常に悩みましたね。私は何でもエンジンが掛かるのが遅い方で、高校や大学選びも周囲で一番遅かったです。就職活動も同様で、エンジンがなかなか掛からなかったですね。働くことに関して実感が湧かないというか、自分がやりたいことがわかりませんでした。
アルバイト経験から人と接するor接しない仕事かを選択するのであれば、人と接する方が良いとは思いましたが、文系だと事務か営業かなと思っていましたね。営業にはあまりいいイメージが持てず、事務もなぁという感じでした。単に事務をするのも私らしくないなとか、男性と対等に働きたいなとか、勉強してきたことも生かしたいと色々考えましたが、最優先は「自分らしく」ということでした。

営業、事務、技術系で言うと営業の会社にエントリーすることが多かったのですが、どこに行ってもあまり違いを感じなかったです。製品を販売しに行くだけで、ぺこぺこしなければならない印象を持っていました。

住宅業界に出会ったきっかけは合同説明会です。そこで、大手のハウスメーカーの話を聞いて注文住宅の営業という仕事を知りました。注文住宅は形のないもの・出来上がってないものを販売し、販売してから一緒に作りあげるということにすごく興味を持ちました。それによって自分の中でやりたいことがクリアになってきたと思います。
今思えば昔から不動産のチラシを見て、私の部屋はここにしようとか考えるのが好きだったこともあります。

しかし、就職活動は苦労しました。今思うと自己分析が甘かったと思います。内定が全然出ず、友達に指摘されて気付いたのですが、自分が会社に対して役に立つ人材であることが全く提案できていませんでした。それに気がついて再出発をする時に、まずは自分が住んでいる地元の総合展示場に入っている会社を見てみようと思った中に当社がありました。説明会や面接に当時副社長だった今の社長も来ており、そのインパクトが大きかったです。今まで役職の高い人が来る説明会はなかったので、その熱心さが心に響きました。
また、今後の展望や他社がやっていないことをやりたいと熱く説明してくれ、その話が単純に面白く、当時はまだまだ小さい会社だったのですが、絶対にこの会社は成長するだろうと思い、私も一緒に成長していきたいと思ったのが入社のきっかけです。

社会人時代/ビジョン:
辛く苦しくとも、自分自身の可能性を自分で決めつけない。

【写真説明:お客様や上司からもらったお手紙や写真(色んな人に支えられました)】

入社してからは営業に配属となりましたが、1年目は周囲の方に色々と迷惑を掛けました。
人間関係が悪かったわけではありませんが、結果がなかなか出ず、1年目の終わり頃に本当にやめようと思ったこともありました。それをつなぎとめたのは、社長や先輩に対する申し訳なさや期待外れと思われたくなかったからです。ここで辞めると「根性なし」と言われるだろうと思うと頑張れました。あと、入社してから何も得てないと思ったことですね。転職情報を調べてみても、同じような仕事で同じだけの給料をもらえるようなものはなく、同等以上を求めるなら相応のスキルを身につけないと厳しいと思いました。

せっかく営業をやっているのに営業のスキルが身に付かないのはもったいないと思ったので、新卒として許される部分を最大限活用しながら勉強しようと頑張りました。
周囲の方々の支えもあり、2年目は成果も出始めました。時にはお客様からお礼の手紙をもらうこともあり、「営業」の楽しさが少しずつ理解できてきたのです。

しかし、その頃に異動となり、積算という住宅の見積もりを行う仕事に就きました。 積算は私が1番向いていない仕事だと思っていました。細かい計算なんかはどうでもよいと思っていたタイプでしたが、逆にすごく勉強になりました。自分が苦手で向いていないと思っていた仕事もやればできることがわかったので、今後は自分でできないと決めつけて自分の可能性を狭めないようにしようと思いました。

その後、経営企画に異動になったのですが、会社のFacebookページを立ち上げるなどの広報活動を中心に行っていました。経営企画の後は人事に異動となりました。人事の中でも教育系、採用関係、労務関係と種類があるのですが、今は採用の仕事をしています。 学生と接するのは楽しいと言うと単純ですが。もともと人の顔と名前を覚えるのが苦手で不安はあったのですが、やってみたらそんなことはなく覚えられるものですね(笑)

今後は後輩が入社して立ち上がるまでに、私が先輩にしてもらったことをしてあげたいですね。今は人事なので直接教えることはできないですが、悩みがあれば相談にのってくれる先輩やヒントを教えてあげたいです。自分も気遣ってくれる先輩に助けられたので、今度は私が行う番だと思っています。
自分も辞めたいと思った経験があるので、そんな状況の後輩がいれば、支援できるようになりたいですね。
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出身 埼玉県東松山市
好きな言葉or座右の銘 どうせやるなら楽しく!
趣味 サッカー観戦、釣り、読書(小説)、食べる事、お酒を飲む事、友達とわいわい騒ぐ事
地球最後の日に食べたいもの 最後なら太ってもいいので、カロリーの高い物をお腹いっぱい!(笑)
今一番行きたいところ 屋久島

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REAL

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