小売業界のやりがい、想像がつきますか?
雑貨専門店ロフトでお客様参加型イベントの企画・運営を担う小泉さん。小売業の面白さを知ってもらいたいと、ご自身の考えやこれまでの軌跡を語ってもらいました。


目次

1.学生時代:留学を機に未来と向き合い前進を重ねた学生時代。
2.キャリア選択の軸:「商品陳列の面白さ」が、小売業界を目指すきっかけに。
3.社会人時代/ビジョン:向き合うものは「数字」から「お客様の喜び」へ。

学生時代:
留学を機に未来と向き合い前進を重ねた学生時代。

【写真説明:ターニングポイントになった留学ともやし屋】

人生の最初の転機は高校時代の「オーストラリア留学」でした。中学時代は「周りから外れないように自分を殺して生きるタイプ」の人間で、周りの期待に沿うために勉強を頑張っていましたが、中3の時に周りの期待と自分の願望が一致しているのか分からなくなり、全てに対してモチベーションが切れてしまったのです。「高校は行かなきゃ」という義務感から進学はしましたが、ろくに勉強もせず、楽しいこともなく、絶望感を感じて生きていましたね。
そんな時に、高校で「留学制度」を見つけて興味を持ちました。海外は日本とは違い、「個性」を大切にすると聞いたことがあり、周囲の目を気にして生きづらさを感じていた自分は「海外に行けば違う世界を体験できるのではないか」と考えたわけです。

留学は行って大正解でした。驚きましたよ。日本では差別を受けたり仲間外れにされたりしそうな人がいても、それぞれが個々の違いを認め合って共存していたのです。これまでは自分を押し殺して周りに合わせてきたのですが、ここではなにをしても自分を受け入れてもらえるのです。日本では、家にいる時しか自分を出せなかったのですが、留学中は「外でも実家にいる」ような感覚でした。周りを気にしなくてよい、最高の環境でしたね。

帰国後、生活が留学前から180度変わったわけではなかったのですが、大学進学を考えるようになったことは大きな変化でした。留学前は勉強をせず、進学や将来のことに関しては思考停止していたのですが、留学で培った英語を活かして受験してみようと思うようになったのです。結果として選択した学部は経営学部でした。
理由は、 一番「つぶし」が効きそうだったからです(笑)。

大学では2つ大きな思い出があります。1つ目は大学内のゼミ大会で優勝したこと。もう1つは先輩に誘われて学園祭で出店した「もやし屋」です(笑)。もやしは原価が安いので利益率が非常に高くおすすめの食材です。3日間、毎晩飲んで騒げるだけの収益をもやし屋で稼ぎました。その時に、お店のコンセプトをゼロから考える等の経営・販売戦略を立案したことが楽しく、それが就活で「小売業界」に軸を置くきっかけになりました。

キャリア選択の軸:
「商品陳列の面白さ」が、小売業界を目指すきっかけに

就活は小売業界とホテル業界を受けていました。
小売業界については学生時代にコンビニでバイトをしており、商品陳列業務が楽しかったからです。実は商品の陳列で、売上はものすごく変わるんですよ。例えば、人の視線はZの形で動くことや、目線の高さの少し下にあるものに目がいきやすいことが証明されているので、それらを利用して売りたい商品を並べると、とても売れるようになります。今まで売れなかったものも陳列次第でヒット商品になる、それが面白いと思っていたので、仕事にしたいと思うようになりました。ホテル業界については、英語を使える仕事且つ自分のイメージに合いそうだからです。
まあ、なんとなくですね(笑)。

夏前にはロフトから内定をもらって就活を終えました。小売業界の中で特定の志望企業があったわけではなく、ロフトに対しても強い志望動機はなかったんです。1番最初に内定をもらい、その時点で「ここにご縁があるのかな」と思い、決まったところで頑張ってみようとロフトへの入社を決めました。就活をする中で「ホテル業界よりはやっぱり小売業界の方に惹かれる」と思っていたので、ホテル業界には特に未練はなかったですね。

社会人時代/ビジョン:
向き合うものは「数字」から「お客様の喜び」へ

【写真説明:ジュニアボード制度で経営幹部にプレゼン】

入社して1年目に悩んだことは「自分は社会人なのか?」でした。最初は現場に入って、アルバイトと同じ仕事をするのです。仕事が楽しくないわけではなかったですが、学生生活からの変化がないことに戸惑いを感じました。
1年目が終わると、ようやく「チーフ候補」という役割が与えられ、売り場の1画を任されるようになります。筆記具やアルバムなどの売り場を担当しましたが、中でも「ダイアリー(手帳)」の担当は印象的な仕事でした。僕は最初に渋谷店に配属されたのですが、「渋谷ロフトのダイアリー(手帳)コーナー」は、日本屈指の売上を誇る売り場なのです。動かす金額が莫大で 、責任重大な分、感じる喜びも大きい仕事でした。自分が「数字が動くこと」に喜びを感じるタイプであることにも気づきましたね(笑)

そして、この時期にもう1つ大きなターニングポイントがありました。それが「ジュニアボード制度」に参加したことです。ジュニアボード制度というのは、公募制で役職問わず「若手社員が経営幹部に向けて施策提言する」という制度です。元々、自分は「意欲の高い社員」ではなかったので、この制度に参加したかったわけではなく、上司が「落ちてもいいから受けろよ」と言ってきたのがきっかけです(笑)。
上役3名とチームを組み、半年間の構想期間を経て「スマホでセルフレジ」という提案を行いました。実現には至りませんでしたが、制度への参加を機に、本部から自分によく声がかかるようになったんです。リクルーター依頼や様々なプロジェクトへの参加要請を受けたり、社内での人脈が格段に拡がったりしました。そうなると、自分の意識も変わってくるんですね。仕事に対する意欲が一気に上昇し、主体的に仕事に取り組めるようになりました。

そして今年の3月、渋谷店から今の武蔵境店に異動となりました。
武蔵境店で自分に与えられた役割は「LST」。「ラボスタッフ」の略です。武蔵境店には「ロフトラボ」というお客様参加型の企画を考え、運営する役割があったのです。これまでとは全く違う仕事に戸惑いました。中でも、この取組が直接的な収益目的ではないことが受け入れられませんでした。
他の店員が慌ただしくお客様対応を行う中、自分は子どもと一緒に折り紙を折ったりしているんです。お店に貢献できていないように感じ、一気にモチベーションが下がった時期もありました。自分がいる意味を見いだせなかったですね。
しかし、日々その仕事やお客様と向き合っているうちに、その考えが誤っていることに気付きました。売上を立てることも大事ですが、「お客様に提供できる数字以外の価値」があるのではないかと思うようになったんです。そこから、ロフトラボに来たお客様が楽しんでくれることや新しい世界にふれてくれることで、会社に貢献できていれば良いと思えるようになり、自分なりの意味を見出せるようになりました。

今後については店長になることを目指して頑張っています。大きな会社であるため、しっかりと規則が整備されているなかで我々は仕事を行っているのですが、規則が仕事の効率を低下させることもあると感じており、改善したいと考えています。 例えば、マネジャーが権限を持っている仕事は、マネジャーが忙しいと対応できず、それによって他の業務が遅れていくこともあるわけです。自分が店長になったら全責任を取る覚悟で、メンバーに権限を与え業務効率を良くするために様々なことにチャレンジしてみたいと思っています。
「他人と過去は変えられない 自分と未来は変えられる」高校の留学がきっかけですが、自分から動くことで色んなことが変わると知ることができ、仕事でもその姿勢で頑張りたいと思っています。
記事TOPに戻る

出身 埼玉県所沢市
好きな言葉or座右の銘 他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。
趣味 神社回りと朱印集め
地球最後の日に食べたいもの オコゼ(魚)
今一番行きたいところ 軍艦島
真崎

真崎

フリーライターの真崎です。「人のこころと足が動く記事」を目指して、就活系・社会問題系など合計7つの媒体で記事を執筆しています。
個人ブログ「真崎ですよ」
http://masaki-desuyo.hatenadiary.jp/
真崎

投稿者:

真崎

フリーライターの真崎です。「人のこころと足が動く記事」を目指して、就活系・社会問題系など合計7つの媒体で記事を執筆しています。 個人ブログ「真崎ですよ」 http://masaki-desuyo.hatenadiary.jp/