幼い頃から大人びた子供だったという新井さんは「私の人生はずっと右肩上がり」と断言する。きっと自分が決めたことに後悔がないからだろう。一度の人生だから楽しく。そんな新井さんの人生観についてお話し頂きました。


目次

1.学生時代:幼少期から自立心旺盛な子供でした。
2.キャリア選択の軸:自分が選んだ道だからこそ後悔なんてしない。
3.社会人時代/ビジョン:一度しかない人生、楽しいほうがいいに決まっている。

学生時代:幼少期から自立心旺盛な子供でした。

【写真説明:大学時代に訪れたカンボジア・アンコールワットでのワンショット】

幼少期の記憶として残っているのは、友達と近くの川などで遊んでいた風景。とにかく家に居ない子供でした。両親が共働きで家を空けていたことで、早くに自立心を養われたのかもしれません。私には2つ上の姉と双子の妹がいます。3人姉妹の関係って結構面白いんですよ。3人揃って協調することがあまりなくて、大概2対1で対立するんです。妹は2卵性双生児なので、私とは似ていません。姉と妹は運動神経抜群でスポーツが得意でしたが、私は真逆のタイプ。跳び箱、鉄棒、駆けっこなど、体育はまるでダメでした。学校ではよく妹と比較され、「真面目にやれ」と言われていました(笑) 私は一生懸命だったんですけどね。

小学校時代の6年間は先生に恵まれていたと思います。卒業から20年経った今でも交流は続いています。小学校の思い出と言えば、4年生の時に始めた吹奏楽が印象に残っています。5年生でテナーサックスを担当したのですが、サイズが大きくて持ち運びが大変でした(笑)。6年生でフルートに転向し、中学に進んでからはアルトサックス、シンバルへと担当が変わりました。先生にうまく乗せられてシンバル担当に落ち着いたのですが、譜面をまったく読めない私が悪戦苦闘しているのを見かねて、そうしてくれたのかもしれないです(笑)

成績に関しては、小学校時代は中の上ぐらいでしたかね。中学に進んでからはまったく振るわなくなり、親に頼んで塾に通わせてもらいました。お陰で少しずつ成績は上がっていきました。数学が得意だったこともあり、将来は理科系分野に進みたいと思っていました。高校進学に際し、内申点が良くなかったことと、塾の先生のアドバイスにより、入試の点数のみで勝負できるところを目指すことになりました。そこで選んだのが高専です。塾の先生からは「合格しても行くなよ」と、学校の先生からは「絶対に受からない」と大反対されていたのを押し切って受験した結果、無事に合格。「受かったんだから大丈夫でしょ!?」そんな軽い気持ちで高専に入学しました。

キャリア選択の軸:自分が選んだ道だからこそ後悔なんてしない。


高専のカリキュラムは大学に似た特殊なものでした。まず1年次に高校教育3年分を一気に修得し、2年から専門課程へ進んでいくのですが、あまりのハイペースに私はついていけませんでした。塾の先生が反対した理由はこれかと実感しましたね(笑)結局進級できず、他にも道があるだろうと1年終了時に自主退学しました。

高専を選んだ理由は理系科目が好きだったこともありますが、最大の動機となったのは中学から参加した「ジュニアリーダー」の先輩たちの多くが高専生だったことです。「ジュニアリーダー」とは各地域の子供会を中心に地域活動を行う青少年のことを指し、子供会のお兄さん・お姉さんとして子供たちの自主的な活動を下支えしていくのが役割です。幼馴染の誘いで「面白そう」という理由だけで参加したのですが、地域の子供たちと交流し、いろんな遊びを教えていく活動は本当に楽しかったですね。あまりに楽しくてジュニアリーダーの活動は大学3年まで続けました。

高専退学後は地元の私立高校へ編入。選択科目や成績評価の基準の違いなど、単位の点ではとても苦労しました。高校では部活には入らず、もっぱらジュニアリーダーの活動と高校卒業に必要な単位が足りなかったので選択授業に励んでいました。卒業後の進路に関しては親から強い意向もあり、とりあえず大学に進むことを目指しました。推薦で某大学のビジネスマネジメント学部に進むことを決めました。

専攻は、2年次に友達に誘われてホスピタリティマネジメントコースを選びました。振り返ると大学時代はずっと「稼いで、遊ぶ」の繰り返しでした。飲食、事務、交通量調査などのアルバイトやホテルでのインターンを経験しました。たくさんの仕事に接することにより、社会の仕組みや仕事のやり方を学びました。アルバイトで稼いでは旅行に行く。まさにあっという間の4年間でした。訪れた旅先の中でもっとも印象に残っているのは卒業旅行で訪れたカンボジアですね。とにかくカンボジアの人たちは優しい。他の国と同様、街のあちこちに観光客に土産物を売り歩く人がたくさんいるのですが、決して押し売りはしてきません。「忙しいから」と断ると、「もし戻ってきたらその時は買ってね」と言って満面の笑顔を浮かべて手を振ってくれる。現地ガイドさんに、予定外の場所へ行きたいと急なお願いをしてもオプション料金も取らず対応してくれる。おうちにも招待してもらいました(笑)ホントに優しい気持ちになれる素晴らしい国だなと思いました。

社会人時代/ビジョン:
一度しかない人生、楽しいほうがいいに決まっている。

【写真説明:新井さんが取得してきた資格の数々。どれも難易度の高いものばかり。】

大学時代、将来についてはそれほど真剣に考えていなかった気がします(笑) とにかく今が楽しくて仕方がないという感じでしたから。大手企業でアルバイトをしていましたが、「このレベルの大学でこの成績では新卒入社は厳しい」と断言され、何となく考えていた大手企業への入社はキッパリと諦めました。そして本格的な就職活動の時期が到来。「とりあえず何とかなるさ」と相変わらず楽観的に構えていました。ある日、友達に誘われるまま、箱根の老舗観光旅館グループの企業説明会に参加。カジュアル路線への方針転換を図って間もない時期で、社長の「ラクして稼ぐことを目指す」という一風変わった経営方針に共感してしまい、その流れで入社することとなりました。親に進路を報告すると当然のごとく大反対でしたね(笑) 

「自分の人生は自分で決める」

特に親を説得する必要などないと思っていたので、まったく気にしませんでした。とりあえず上場企業だから心配ないとだけ言っておきました。

旅館の仕事はいわゆる「何でも屋」です。フロント・厨房・接客などあらゆることをやりました。毎日満室で忙しく、チームワークで仕事をするのは、とても楽しかったです。3年目に入り「今しか出来ない仕事をしよう」という想いが募り、退職を決断。すると、上司からは「ここはいつ戻ってきてもいい場所だから」そう言って私を送り出してくれました。

東京へ戻り、立川の不動産管理会社に社長秘書として転職しました。実は大学時代に国会議員のアルバイト秘書をやったことがあるのですが、その時から密かに秘書という仕事も面白いと思っていました。旅館時代と比べ、転職後は時間の余裕がたっぷりありました。この時間を有効に使わなければもったいない気がして、学生時代に、レクリエーションインストラクター、秘書検定、サービス接遇検定を取得していましたこともあり、資格取得を目指すことにしました。まず販売士を取得。すると社長から宅建を取るように言われ、資格取得の専門学校に入校し、宅建を取得。さらにファイナンシャルプランナーと簿記2級を取得していきました。学ぶことが自分の武器になるという手応えを実感しましたね。

転職して8年目、自分のキャリアに行き詰まりを感じ始めました。転職活動を始めた頃、ある取引先の方から転職先を紹介するとのお話を頂いたのです。転職エージェントのカウンセリングを受けるも、条件の合わない派遣の仕事ばかり薦められ辟易としていたことと、簿記を活かせる仕事なので、前向きに検討することにしました。それが現在の勤務先である日本キャステムです。 日本キャステムは音や通信に関する電子機器を設計・製造する会社です。

現在転職して3年目、仕事は経理・労務・総務業務と営業サポート業務です。
これまで、サービス業界で働く事が多く、技術系の会社で働くのは、初めてだったので、最初は雰囲気の違いにとても驚きました。私とは違い、仕事が趣味!といった方が多く、みなさん熱中してしまうと夜遅くまで、また時間を忘れ没頭してしまい、徹夜しちゃったと言う時もあるようです。私は労務も兼任しているので、皆さんには健康維持のためにも早く帰ってほしいと言って回っているのですが(苦笑)。 中小企業なので、大企業と異なり、すぐに決済がおり、やりたい研究や仕事をさせてもらえる所が、エンジニアにとって、とても魅力的なんだと思います。

また、営業サポートとして各種展示会にも行きます。社内のエンジニアはコツコツ派で地味ながらも、「音と通信の組み込み」の世界ではみな自負を持っています。その想いを少しでも伝えられるようにと、後ろで控えるエンジニア達の一歩前に出てお客様に足を止めてもらえるよう、接客で培った経験で積極的にお客様とコミュニケーションを取るようにしています。

組み込みや防災、教育関連と多岐に亘る展示会があり、お客様も各方面様々な方がお見えになり、出会いとお話はとても楽しいです。先日もベルギーの出展企業様と交流をもて、貴重なお話を聞けて、良い経験になりました。

そして、3社目にして初めて社員旅行がある会社に出会いました!
毎年こつこつ積み立てたお金で、旅行に行きます。今年は小樽、余市に1泊2日で行ってきました。非日常をみんなで共有することにより、社員の団結力がふかまり、とても楽しい旅行になりました。
今は、より仕事の幅を広げるためにも次は社会保険労務士の資格取得を密かに考えています。これだけの資格を持っていると真面目な努力家と思われそうですが、私のモットーは「遊ぶために働く」です。私は大の旅行好きで、最低でも月に1回はどこかに行くようにしています(笑)。自分を開放して心から楽しめる時間があるからこそ、仕事にも全力で向き合えるのだと思います。10年後20年後もきっとそこには今と変わらない私がいて、楽しいことを探し続けていると思います。
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出身 東京都八王子市
好きな言葉or座右の銘 今を大切に生きる
趣味 旅行
地球最後の日に食べたいもの 福生にあるカッパ64のシーフードラーメン
今一番行きたいところ 波照間島
越後屋輝樹

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。
座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」
越後屋輝樹

投稿者:

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。 座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」