子供の頃から失敗することへの恐怖を抱えて生きてきた気がします。洞田さんは呟くように語ってくれました。「失敗は成功の素」使い古されたこの言葉が真実だと気付いたのは最近のことでした。洞田さんが失敗から学んだことについて教えて頂きました。


目次

1.学生時代:普通でいることが息苦い学生時代。
2.キャリア選択の軸:大学時代の挫折が、ミライロへ。
3.社会人時代/ビジョン:失敗の数だけ人は成長する。

学生時代:普通でいることが息苦い学生時代。

【写真説明:大学時代に取り組んだプロジェクトの事業計画書】

「他人と同じことはしたくない」反抗期を迎えて以降、私はずっとそう考えていました。私の両親はともに教員で、家庭でのしつけは厳しく、門限、就寝時間など、細かいルールがたくさんありました。反抗期を迎えるまでは親の言うことをしっかりと守る良い子だったと思います。振り返ると、幼少期の私はあまり身体が丈夫ではありませんでした。特に喘息とアレルギーの症状がひどく、週に一度は病院に通っていました。病弱ではあっても人一倍好奇心は旺盛で、外で遊ぶのは大好き。父がコーチをしていたこともあり、幼稚園の時に地元の少年サッカークラブに入団しサッカーを始めました。小学校2年ぐらいの頃から徐々に喘息は収まり、普通の学校生活を送れるようになっていきました。

小学校時代、親の転勤や家の新築などで何度か引越・転校を経験したのですが、それは自分を精神的に強くしてくれたと思います。知り合いがいない環境下で新たな友達との関係を築いていく中で、自分の居場所は自分で作らなければいけないということを学びましたね。家族に依存するのではなく、社会性を身に付けなければ生きられないことを知ったのでしょうね。。。言い換えれば大人への階段を上り始めたということでしょうか。そして、中学2年になったあたりから集団の中で没個性で生きることへの疑問を強く感じるようになっていき、親に対しても反抗するようになりました。私は小学低学年からずっと塾に通っており、つねに学校の授業よりも進んだ勉強をしていたのですが、塾で学んだことをもう一度学校で習うのはムダだと思っていましたし、何より人と同じことをするのが苦痛だったのです。真面目であるよりも少し不良っぽいほうがカッコいいと思うようになり、ヤンキー風の友達とつるんで遊ぶようになりました。授業をさぼることもしょっちゅうでしたが、部活のサッカーだけは一生懸命やりましたよ。中学に進んでからも塾には通い続けていましたので、授業はろくに聞いていないくせにテストの点はきっちり取るという教師が嫌がるタイプの生徒でした(笑) 実のところ、勉強は好きなほうで、理系の科目が得意でした。そのため高校は普通科の中に理系特化コースのある高校を選びました。

キャリア選択の軸:大学時代の挫折が、ミライロへ。


高校進学後も学校に対する考え方は変わりませんでした。学校生活の中心は部活のサッカーで、勉強は塾でやる。3年間ずっとそんな感じでした。この頃、将来についてどう考えていたかというと、幼少期からの夢として大人になったらモノ作りの世界で生きていきたいという想いを持っていました。それもスケールの大きなモノを作ってみたいと。カタチとして残るモノを作って、自分の子どもにそれを見せられたらいいなと夢見ていましたね。幼少期から厳しかった両親ですが、私の将来について「ああしろ、こうしろ」と言ったことはありません。「自分の道は自分で選べ」という考え方でしたので、自分から相談したことはありません。

高校卒業後は愛知県の某大学に進学しました。スケールの大きなモノづくりとして、建築関連の仕事は面白いかもしれないと考えたのがこの大学を選んだ理由です。「人と同じことはしたくない。」その考え方は変わらず、サークルなどには参加しませんでした。どちらかと言えば大学で知り合った友人より、高校時代の友人との交流のほうが密だった気がします。それぞれ地元を離れ別の大学に進学した2人の友人と時間を作っては会い、いろんなことを語り合いました。
大学1年の終わりごろ、誰からともなく「地元中津川に仲間同士が集えるようなオシャレな居酒屋があったらいいのに」という話が出てすごく盛り上がりました。「3人でやってみないか?」全員が賛同し、居酒屋開店プロジェクトがスタートしました。お店のコンセプトづくりから、出店候補地の選定、資金計画など、知り合いの経営者の方のアドバイスを頂きながら事業計画を作っていきました。リサーチのために居酒屋でのアルバイトも始め、順調に計画は進んでいるかのように思えましたが、根本の部分に大きな問題があることが露呈したのです。それは事業の責任者として地元に戻る人間がいないということでした。このプロジェクトに賭けるという覚悟を誰も持たなかったということですね。1年間じっくりと計画を進めてきたつもりでしたが、あっという間に計画は潰えてしまいました。それからはずっと自堕落な毎日を送っていましたね。何となく大学に行って、何となく遊んで、そして1日が終わっていく。その繰り返しでした。

大学3年となり本格的に就職活動が始まると、いつまでもダラダラしてはいられないと思い、企業訪問を始めることにしました。大手ゼネコンやハウスメーカーなどの建設業界を中心に回ってみたのですが、ピンとくるところはありませんでしたね。大企業の魅力は何と言ってもその安定性にあると言えるでしょう。しかし、同時に組織が大きいほど一人の人間がやれることは限られてくるわけで、スケールの大きなモノづくりを夢見る私にとっては大企業にワクワクできる要素はありませんでした。起業に失敗した敗北感を未だ払拭できず、自分には目標がない。まずはこの現状をなんとかしなければと思い、最近大阪でビジネスを立ち上げたという高校時代の友人の話を聞きに行くことにしました。

社会人時代/ビジョン:失敗の数だけ人は成長する。

【写真説明:目標の5倍の売上を達成。】

私が会いに行った友人は、現在の勤務先ミライロ社代表の垣内俊哉です。彼は生まれつき障害があり、子どものころから車椅子を利用して生活をしています。高校時代の彼は友人思いで気配りができ、自分が一度決めたことは必ずやり遂げる、私にとって最も尊敬できる友でした。その彼が大学在学中にユニバーサルデザインのコンサルティングファームを立ち上げたことを知ってから、一度彼のビジネスについてじっくり話を聞いてみたいと思っていました。高校卒業後も何度か会ってはいましたが、あくまで友人としての話しかしたことはありませんでした。会ってみて、やはり彼は凄いと思いましたね。ビジネスを立ち上げるまでの彼の想いや、これから彼が何をやろうとしているのかなど、たくさんの話を聞かせてもらい勇気を分けてもらったような気がしました。

しばらくして垣内から「愛知での事業展開に向け、リサーチ業務のサポートを頼みたい」と連絡があり、私はこれを快諾しました。彼と一緒に愛知県内のブライダル関連施設を回り、バリアフリーの調査をしたのですが、これがとても面白かったのです。経営者としての彼の姿を目の当たりにし、彼の側なら自分も成長できるかもしれないと思いました。後日、ミライロ社に入社したいという意思を垣内に伝えました。しかし、返事はノー。「友達だからといって安易に迎えるわけにはいかないし、そもそも仕事とプライベートは完全に分けているから」と彼は言いました。しかし、「友達だから」などという考えは私にはなく、経営者垣内俊哉の下で成長したいという想いしかありませんでした。やがてその想いは彼に届き、一人の新卒社員としてミライロに入社することとなりました。

入社後は関西地区の大学、ブライダル関連など様々な施設のバリアフリー調査・報告や一般企業向けのバリアフリー研修などを担当。2年目からは全国各地への営業を担当するようになりました。しかし、成長したいという思いで入社したものの、思うような成長を実感することはできませんでした。とにかく忙しい日々で、余裕がなかったのかもしれません。
あるクライアント様に小冊子を納品させていただいた時のことです。納品後に誤字があることが発覚し、クライアント様に多大な迷惑をおかけしてしまいました。原因は忙しさに追われ十分な校正をしなかったことでした。完璧な仕事ができなかった自分が許せず、かなり落ち込みました。ずっとそのことを引き摺っていると、上司から「ミスを悔やみ続けても何も良いことはない。周囲の空気を悪くするだけだ」と指摘を受けました。失敗しない人間はいない。失敗したら挽回すればいいのであって、マイナスをプラスに返ることが成長なのだと。その出来事がきっかけで気付くことができました。

今後の目標は自分の可能性を無限に広げていくことですかね。目の前の仕事に全力で向き合い結果を出す。そして新しいことにチャレンジする。それが成長だと思っています。会社のビジョンとも重なる部分ですが、日本のユニバーサルデザインを世界に向けて発信していきたいと考えています。果たして自分にどんな貢献ができるか? そう考えるとなんだかワクワクしますね。
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出身 岐阜県中津川市
好きな言葉or座右の銘 挑戦の終わりは新たな挑戦の始まり
趣味 フットサル
地球最後の日に食べたいもの 栗きんとん
今一番行きたいところ 宇宙旅行
越後屋輝樹

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。
座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」
越後屋輝樹

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越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。 座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」