「幼少期から憧れの兄のようになりたいと思っていた」という岩上さん。転校による環境の変化、受験の失敗、病気など逆境があったからこそ、ポジティブに考えられるようになったと振り返る岩上さんが目指す生き方についてお話し頂きました。


目次

1.学生時代:自分への劣等感と期待で挫折を経験した学生時代。
2.キャリア選択の軸:追いかけていた兄の背中から離れ、海外へ。
3.社会人時代/ビジョン:世界のどこにいても生きていける人間になりたい。

学生時代:
心を閉ざしていたことに気づいた学生時代。

幼少期の私はとにかく負けず嫌いで、男の子とも互角にケンカするようなやんちゃな女の子でした。カラダを動かすことが大好きで、地域のサッカークラブで毎日ボールを追いかけていましたね。男の子ばかりのチーム内で、女の子は私を含めて2人だけでしたが、そんなことは気にもしませんでした。内に秘める性格の私は何でも自分で解決しようとする、子供らしくない子供だったと思います。

私の家は転勤が多く、私が18歳になるまで広島⇒埼玉⇒千葉⇒埼玉と4度の引っ越しを経験しています。なかでも、10歳の時に千葉⇒埼玉への引っ越しは心に残っています。当日の私は沢山友達が居たのですが、なぜその友達と離れなければならないのか、私には理解できませんでした。両親に激しく抵抗しましたが、まったく取り合ってはもらえませんでした。「子供」という理由で大人から自由を奪われることが当時の私には悔しくてなりませんでしたね。今思うと当然なことなのですが。私一人、世界からぽっかり抜け落ちて、自分の時間だけが止まってしまったような感覚が強烈で、当時の私には受け止めることができませんでした。
この出来事がきっかけで、私は感情を極力表に出さなくなり、周囲とは微妙な距離を置くようになっていきました。

中学では陸上に夢中になりました。種目は4種競技と走り幅跳びです。実績豊富な専任コーチによる本格的な指導でどんどん実力が付いていくのを感じました。2年生の終わりから部長を任され、副部長と二人三脚で部をまとめていきました。
高校進学の頃、再び転機が訪れます。私は兄と一緒の県内トップクラスの進学校に進学したかったのですが、まさかの不合格となり私立の女子校へ進学することになりました。受験の失敗経験もあり、高校での3年間はとにかく勉強だけに集中して乗り切ろうと決めていたのですが、学校生活は想像以上のストレスとして私の上にのしかかり、やがて体調に異変をきたすようになりました。摂食障害になったのです。身体が食べ物を受け付けなくなり、体重が徐々に減少。生活の中でかなりを行動制限され、ますますストレスに。気が付けば30キロを切る程にやせ細ってしまいました。この時に、自分の意志で行動できない悔しさ・もどかしさに再び出会ったことが、今の自分の人生観、ポジティブさにつながっているので、今となってはむしろ感謝したい経験だと思っていますけどね(笑)当時は先の見えない真っ暗なトンネルの中にいるようで、人生投げやりになっていたと思います。

私が摂食障害であることを知って両親は大きなショックを受けていました。心を痛める両親の姿を見て、私は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その後、治療を受けながら何とか学校へ通学。兄と同じ大学へ行くことを目標に、精一杯勉強しました。授業も含めると1日15時間は勉強していたと思います。体調は万全ではありませんでしたが、持前の負けず嫌いな性格で乗り切った感じです。第一志望にこそ合格できませんでしたが、何とか早稲田大学人間科学部に合格。大学へ行くという目標だけはひとまず達成することができました。

キャリア選択の軸:
追いかけていた兄の背中から離れ、海外へ。

【写真説明:タップダンスサークルでのステージ】

念願の大学生活のスタートのはずでしたが入学後の数ヶ月、心の中に言い知れぬモヤモヤ感を抱えていました。それは所沢という場所にあったような気がします。早稲田には高校時代の同級生が数多く進学していましたが、政経学部、商学部、文学部など、みな高田馬場の本キャンパスで学んでいました。何となく私だけが別世界に切り離されてしまったような疎外感というか劣等感のようなものを感じていたのです。その反面、知っている人がだれもいないということは私の過去を知る者がいない、つまり生まれ変わるチャンスだ、とも思いました。

大学入学後から抱いていたモヤモヤ感を払拭することができたのは、サークルのタップダンスのお陰です。私がタップダンスと出会ったのは、高校の修学旅行で訪れたアメリカのオレゴン。ホームステイ先の女の子が楽しそうにタップダンスを踊るのを見て、大学に入ったら絶対私もやろうと思いました。タップダンスサークルは本キャンパスにしかなかったので、講義のあとは毎日そちらに通いました。
千葉、所沢、高田馬場を目まぐるしく移動する毎日で、ちょっとした小旅行のようでした(笑)
当たり前とされる生活を送れなかった時期があるので、行動制限されないことが何より幸せでした。だから「大学生になったらやりたいことをすべてやろう」そんな想いからアルバイトも始めました。もう朝から晩まで大忙しで、いま思えば随分無茶をしていたと思います(笑)

大学3年生が終わる頃、本来であれば皆は就職活動に勤しんでいるタイミングだと思いますが、私は大学を1年間休学し世界への旅に出発しました。これまでを振り返ると、私はずっと憧れの兄の背中を追いかけては何度も挫折を味わい、劣等感を抱え自信がないまま生きていたのですが、これまで自分が歩んできた道は、借り物の道ではなかったのか?自分で歩く道は自分で切り拓かなければいけない。そのことに気づいた時、少しだけ未来が見えたような気がしました。これから自分が歩いてゆく道を考えるために、一度自分の心を思いっきり解放してみようと決意しました。また、簡単にはできないことをやろうと思い、まずは英語力アップを目指しフィリピンへ。宿舎付の語学学校にて5ヶ月学びTOEICを受験しました。

その後アラスカ、ヨーロッパ各国などを巡り、就活が始まる直前に帰国しました。この旅は私を大きく変えてくれました。訪れた国ごとに独特のライフスタイルがあり、人々の生きることに対する価値観も違う。これまで私が常識と捉えていたものは、狭い自分の世界にしか通用しないものであることを思い知らされました。海外でもとくにヨーロッパの人々の根底にあるものは「自分がどんな生き方をしたいのか」という人生観であることを強く感じました。この旅での経験は私にとってかけがえのないものとなりました。

社会人時代/ビジョン:
世界のどこにいても生きていける人間になりたい。

【写真説明:岩上さん曰く、ジー・ブーンの思いを共有できる仲間たち】

帰国前に友人から、「Just do what you want」 という言葉をもらいました。自分の道を創るんだ!と思い休学したものの、帰国したらまた元の自分に戻ってしまうのではないかと不安になっていた時に友人がくれた言葉です。 この言葉で、卒業しなくてはならないから日本に帰るのではなく、沢山のものを吸収し変化した自分が、日本にいる自分に向き合うために帰るのだ、という目的意識に変わり合ました。「自分がやりたいから行動する」というポジティブさを手に入れたと思います。やらされているマインドだと、人生に逃げているだけだなと気づけたのもこの頃です。

そして帰国後就活が始まったのですが、私の選社軸は「人」でした。仕事をしながら自分の夢を掲げ、社会に貢献しようと生きている人が組織内にどれだけ存在しているかです。何がしたいかではなく、想いを共有できる仲間たちと働けるならそれでいいと思っていましたね。そんな時に出会ったのがジー・ブーン社です。ITが主軸の会社なのに、海外にMade in Japanブランドを推進しようと法人を設立したり、タイに実店舗を持っていたり、本業が何をしている会社か不明でしたね(笑)だからこそ、将来性という部分と色んなことに取り組むチャンスがある点で気になり、飛び込むことにしました。

中に入ってみて、感じたことはワクワクできるような子供心をいつまでも持ち続ける大人と企業であろうとする姿勢が全員持ち合わせていること。そして、社員が自立するとなった時にでも仲間として支えあっていこうという企業理念に強く共感しました。ジー・ブーンは「夢心を世界中で必需品にする」をミッションに、独立しても繋がっていられる環境(プラットフォーム)を社会に生み出そうと活動しています。 いざ、自分の夢を叶えようとした時に、一人だと難しくても、仲間や環境の支えがあれば心強いですよね。理念・ミッションの部分で深い共感をしている仲間と環境を創る様子を見て、理想だけ掲げている会社ではないことが感じられました。

入社から半年が経ち、今はこの会社を選んでよかったと思っています。まだ自分の選択に不安があった私の背中を押すきっかけとなり、自分の道を生きていってもいいんだという覚悟を決めることができました。
とはいえ、覚悟なんて今でもまだまだ足りないと思っています。この一年で、言葉にするほど甘くないものだと思い知っていますが、逃げないことを続ければ自分に負けないでいられると思っていますし、自分を諦めなければ、自然と自信は生まれるものだとも思っています。そうして、知らないうちに「覚悟」になっていくのだろうなと感じます。
私もそうでしたが、明確な夢がないと進路に悩んだり不安になる就活期だと思いますが、これは学生だからではないのだと、今だからわかります。皆、将来は不安を感じるもので、だからこそ信頼できる仲間と一緒につくっていけばいいんだと思っています。
夢がなければ作ればいい。ビジネスを通して一緒に悩み、アドバイスをくれる仲間がいる。これって幸せなことだなって心底思います。
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出身 広島県
好きな言葉or座右の銘 Just do what you want!!
趣味 暮らすように旅する時間を過ごすこと
地球最後の日に食べたいもの 母が作るお好み焼き
今一番行きたいところ イギリスの魔法博物館
越後屋輝樹

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。
座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」
越後屋輝樹

投稿者:

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。 座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」