「反論されるのが怖くて、自分の意見を言えませんでした。」大学時代、自分の弱さを必死に克服したという高橋さん。小学校3年で出会ったサッカーは彼に「チーム」の尊さを伝え、社会人となった今も心の礎になっているそうです。社会人2年目の高橋さんにすべてを語って頂きました。


目次

1.学生時代:本当の喜びは厳しい試練の先にある。
2.キャリア選択の軸:自分の弱点を知った大学時代のある経験。
3.社会人時代/ビジョン:良い組織とはすなわち、良い人材の集団である。

学生時代:
本当の喜びは厳しい試練の先にある。


幼い頃は人見知りで、特に初対面の人と話すのが苦手でした。ある程度慣れてくれば仲良くなれたのですが、それには時間がかかりましたね。家族に対してもあまり自分の心の内をオープンにはせず、ただ家族の話を聞いていることが多かったような気がします。シャイな性格ながらも家でじっとしているよりは外で遊ぶことを好み、カラダを動かすことが大好きでした。小学校3年の時に地域の少年サッカーチームに入団。そこから高校卒業までひたすらサッカーにのめり込んでいくことになります。中学では学校の部活と地域のクラブの両方でプレイしました。部活はあくまで自分が楽しむことを中心にした趣味に近いサッカー。クラブのほうはフォアザチームに徹し「チームが目指すサッカー」に対して、自分がやるべきこと・できることを追求しました。放課後2時間程度部活に参加し、そのあとクラブチームの練習へという毎日。まさにサッカー三昧の日々でしたね。それだけサッカーが好きだったのだと思います(笑) また、この頃から「他人から見た自分」が意識し始め、周囲に対して自己主張するのを極力避けるようになりました。

高校は地元の公立に進学しました。できることならサッカー以外の部活をやろうと思っていたのですが、とくにやりたいことを見付けられず、結局はサッカー部に入部しました。部に専任コーチはおらず、顧問の先生はほとんどサッカーに関心なし。この先生は対外試合でもベンチで寝ていましたから(笑) 本気で全国を目指すような部員などおらず、楽しければそれでよしという弱小チームでした。

高校2年の終わり頃のことです。あるクラスメートから相談を持ち掛けられました。「俺にサッカー部のコーチを任せてくれないかな?」彼は幼少期から大宮アルディージャユースでプレイし、サッカーの実力は間違いなく校内№1。弱小サッカー部になど興味はないだろうと思われていた彼からの提案は驚きでしたが、部員全員が彼のコーチ就任を受け入れ、翌日から彼の厳しい指導が始まりました。「将来は一流のサッカー指導者を目指す」という彼は、本気でサッカー部を強くしようと考えていました。彼が組んでくれた練習メニューはJ1ユースチームと同等かそれ以上のもの。適当な練習を繰り返してきたメンバーたちはついていくのがやっとの厳しい内容で、みんなヘロヘロでした(笑)。しかし、不思議なことに誰も文句を言わないんですよ。みんな心の内には言いたいことがあったと思います。しかし、「このままだと後悔するぞ」「厳しさがなければ本当の喜びはないぞ」というコーチの言葉が響いていたのでしょうね。厳しい練習を重ね迎えた夏の県大会。結果はあえなく初戦敗退でしたが、学校へ戻り、そして全員で泣きました。ほんの数ヶ月ではあっても厳しい練習を経験したからこそ泣けたんだと思います。この時、チームというものの素晴らしさを実感できた気がします。

キャリア選択の軸:
自分の弱点を知った大学時代のある経験。

【写真説明:大学時代に参加したマーケティング講座】

部活を終えると、卒業後の進路という問題が迫ってきました。とりあえずまだ就職はしたくないと思い、大学進学の道を選ぶことにしました。ずっとサッカー中心でやってきたため、正直、勉強はほとんどしていませんが、少しでも偏差値の高い大学に行くために、残り6ヶ月でどうすべきかを考えました。数少ない得意科目で受験可能な大学を選び、そこに向けた受験勉強を始めました。第一志望の大学には合格できませんでしたが、何とか第二志望の国学院大学には合格できました。

大学時代は私にとって大きな転換期になった気がします。大学2年頃からマーケティングに興味を持つようになり、専門書などを読み漁っていたのですが、SNSである無料マーケティング講座が話題になっていることを知りました。その講座は東京大学工学系研究科の授業から派生した「アントレプレナーシップ論講座」がルーツであり、「人のため」をチームで真剣に考え、互いを高め合える仲間と出会い、チームで何かを達成する大切さを学び、そして学生に一歩を踏み出す機会を届けることを目的にスタートした講座です。有志の学生・社会人ボランティアにより運営されていて、多くの学生が受講していました。

内容は7人程度のグループでビジネス立ち上げの事業計画を立て、プレゼンしていくもので非常に実践的な内容でした。メンバー同士のディスカッションにおいて、私は自分の弱点を思い知らされました。反論されることを恐れ、自分の意見を何も言えないのです。自分抜きで進んでいく議論をただ見守り、決定したことに従うことしかできませんでした。このままではいけないと感じましたね。ビジネスの基本は人間関係であり、意見を言わぬ者に人との信頼関係など築けるはずがないと思いました。そこから自分の意見はしっかり言うように心がけました。まずは友人や家族との会話から心掛けていった感じですかね。

本格的に就職を意識するようになったのは大学3年になった頃。具体的に何がやりたいかは明確ではありませんでしたが、とにかくチャレンジできる環境で働きたいと思いました。就職先として意識していたのは広告業界です。何となくカッコいいなあと(笑) まあ単なる憧れですね。その後は広告系だけでなく、業界はランダムに選考を受けていったのですが、すべて不採用でした。理由は明白で、自分が何をやりたいのかがまったくわかっていなかったからです。将来について改めて考えていくうちに、ふとサッカー部の部室で仲間たちと写真を撮った時のことを思い出しました。
チームの素晴らしさを実感したあの瞬間が蘇り、仕事においても同じ喜びが味わえたらと思いました。良いチーム・良い組織で働くこと。まずはそれを目指すことに決めました。

社会人時代/ビジョン:
良い組織とはすなわち、良い人材の集団である。

【写真説明:先輩たちとの一枚。みんなちょっと緊張しているかも?】

企業選択の軸を企業風土・組織に置き、就職活動を再スタート。ビジュアル・プロセッシング・ジャパンはその1社目に出会った会社です。オフィス環境が整備され「綺麗な会社だな」と思ったのが第一印象。社員全員が経営を考え、チームワークを重視しているところに強く惹かれました。入社の決め手となったのは3次面接の時のこと。営業部門・技術部門の本部長との面接だったのですが、お二人の関係性がすごくいいなと感じられたんです。ざっくばらんにお話しをして頂いたことはもちろん、営業と技術のトップ同士が信頼し合い、良い関係を築いているところを目の当たりにし、自分が求める「良い組織」とはこれだと直感しました。

2014年4月、ビジュアル・プロセッシング・ジャパンに入社。職種は営業です。入社後しばらくは先輩・上司に営業同行し、OJTで仕事を覚えていきました。2年目の現在はほぼ単独での営業を行っています。この仕事の醍醐味は「コンパクトな組織の当社が社会に広く必要とされるサービスを提供している」というヤリガイが実感できるところでしょうか。この仕事に欠かせないことは、顧客目線を何よりも大切にすることです。入社1年目、先輩に営業同行したときのこと。お客様は私が話をしてもほとんど視線を向けてくれませんでした。先輩が話す時は明らかに興味を持った目をされていて、正直悔しいと思いましたね。顧客目線に立った営業でなければ話すら聞いてもらえないということを痛感し、そこから這い上がって今に至っています。

ちなみに当社は社員同士、プライベートでの交流も多く、まさにチームの仲間という関係だと思います。会社の売上・利益に対する意識を全員が共有し、それぞれのやるべきことを自ら考え行動する風土が根付いています。社員一人一人の業績に対する貢献度は明確に数値化され、それに対する評価も公正なものとなっています。やはり自分の目に狂いはなかったと確信していますよ。

今後の目標は、まず自分が果たすべき役割をすべて果たせるようになること。
そして組織全体をリードする人材になることですね。 
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出身 埼玉県川越市
好きな言葉or座右の銘 今でしょ!
趣味 サッカー、読書(特に歴史小説)
地球最後の日に食べたいもの ごはん(何はなくとも米ですね)
今一番行きたいところ ニューヨーク
越後屋輝樹

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。
座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」
越後屋輝樹

投稿者:

越後屋輝樹

1989年リクルート入社以来、HRの仕事一筋に歩んできました。現在は宇都宮市を拠点に、フリーランスとして企業の採用広報のコンサルティングとライティング業務を行っています。 座右の銘は「朝毎に懈怠なく死して置くべし」